大阪高等裁判所 平成7年(行コ)67号 判決 1996年7月30日
控訴人
小南記念病院こと小南重憲
右訴訟代理人弁護士
酒井武義
被控訴人
大阪府地方労働委員会
右代表者会長
由良数馬
右訴訟代理人弁護士
林弘
右指定代理人
木寺修三
同
野口敬司
同
河野壽寛
同
掛谷章
被控訴人補助参加人
小南記念病院労働組合
右代表者執行委員長
上林唯夫
右訴訟代理人弁護士
酉井善一
同
西本徹
同
岡本一治
同
山﨑国満
同
谷英樹
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一控訴の趣旨
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人が、大阪府地方労働委員会平成二年不第四一号不当労働行為救済申立事件について、平成三年一二月二七日にした命令の主文第二項を取り消す。
第二当事者の主張
左記のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 本件救済命令は全体として一個の行政処分であるところ、中村は、本件救済命令前に控訴人(本件病院)を退職し、かつ被控訴人補助参加人(以下、単に「補助参加人」という。)の組合員たる地位を喪失しているから、本件救済命令は瑕疵ある違法な処分としてその全部が取り消されるべきであり、一個の行政処分である右命令を分断して、その主文第一項を違法として取り消しながら第二項を適法として維持することは許されない。
二 本件救済命令主文第二項のいわゆるポスト・ノーティス命令は、右命令発令当時、救済を命ずる必要も実益も存在しなかったから違法である。すなわち、
1 中村は、本件救済命令発令前に控訴人を退職し、補助参加人の組合員たる地位を喪失していたから、本件救済命令の主文第二項で不当労働行為であると認定された中村に対する所為と同種の行為を控訴人が繰り返すことは不可能であり、したがって、右主文第二項は無意味である。
また、本件救済命令発令時に本件病院に残存していた補助参加人の組合員は福本レイ子及び吉田冬子の二名であるが、控訴人は、平成三年一二月三一日、右両名を懲戒解雇した。したがって、もはや、本件救済命令主文第二項の掲示を命ずる文書の内容を周知徹底させるべき相手方は存在しないので、本件のポスト・ノーティス命令は無意味かつ不必要である。
2 補助参加人は労働組合としての実体を喪失して自然消滅している。
三 控訴人が、中村又は補助参加人の「正当な組合活動」を嫌悪したことはない。原審で主張したとおり、補助参加人の活動は違法、不当である。
また、控訴人がレントゲン室に施錠したこと及び中村にレントゲン技師としての業務に従事させなかったことにはやむを得ない合理的理由があるから「不利益取扱」に当たらないか、仮に当たるとしても、不公正な差別取扱ではない。
控訴人による椅子の撤去は実際に中村に何らの不利益をもたらすものではないから(本件病院内には他に至る所に中村が待機用に使用できる椅子があった。)、不当労働行為に当たらないことは明らかである。
理由
一 本件救済命令主文第二項についての被救済利益
1 (証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、平成三年一二月二七日の本件救済命令発令の直前のころ、控訴人と中村との間の労働契約は終了したものと認められるから、右命令発令当時、中村は控訴人の従業員ではないことになる(後記引用の原判決認定事実によれば、補助参加人は控訴人の企業内組合として設立されたものと認められ、したがって、右のとおり中村が控訴人の従業員でなくなれば、同時に補助参加人の組合員資格も喪失した疑いが強い。補助参加人は、平成八年五月二八日の当審口頭弁論期日当日も中村は補助参加人の組合員であると主張するが、補助参加人における組合員資格を明らかにする組合規約等が提出されていない本件においては、右主張には疑問があり、これをにわかに肯認できない。)。
2 ところで、本件救済命令において、被控訴人は、控訴人の中村に対する本件行為(レントゲン室に施錠し、中村にレントゲン技師としての業務をさせず、同人の待機用の椅子を除去したこと)は中村に対する不利益取扱であるのみならず、補助参加人の弱体化を企図したもので、労働組合法(以下「労組法」という。)七条一号及び三号に該当する不当労働行為であると判断したうえ、その救済として、控訴人に対し、中村がレントゲン室に自由に出入りできるようにし、同人にレントゲン技師としての業務をさせることを命ずるとともに(主文第一項)、本件行為が被控訴人において不当労働行為であると認定されたこと及び今後このような行為を繰り返さないようにする旨を記載した掲示をすることを命じている(主文第二項)。
右のとおり、被控訴人は、控訴人の中村に対する本件行為は、中村の個人的な権利利益を侵害するのみならず、これを通じて補助参加人の組合活動一般を抑圧、牽制し、その運営に影響を与える支配介入であると認定、判断したものである。
そして、本件救済命令の主文第一項は、中村個人の権利利益の回復を通じて補助参加人の組合活動一般に対する右のような侵害的効果の除去を目的としたものと解されるが、本件救済命令発令前に、中村と控訴人との間の労働契約関係が存在しなくなった以上、もはや控訴人が中村に対して労働契約に基づいてレントゲン技師としての業務をさせることはあり得ないのであるから、主文第一項のように中村の職場復帰等を命ずることは履行の余地のない無意味な救済方法である。したがって、主文第一項に対応する補助参加人の救済の申立部分については、本件救済命令発令前に被救済利益が消滅したものというべきである(これと同旨の原判決二〇ページ四行目(本誌六八七号<以下同じ>54頁2段28行目)ないし一二行目(54頁3段17行目)の説示は相当である。)。
しかし、本件救済命令の主文第二項は、中村の個人的な権利利益の回復を目的としたのではなく、専ら補助参加人の組合活動一般に対する侵害の除去、予防を目的とするものと解されるから、控訴人と中村との労働契約の終了に拘らず(更に中村が補助参加人の組合員資格を喪失しても)、補助参加人は、主文第二項に対応するようなポスト・ノーティス命令を求めることができるものというべきである(最高裁昭和五八年(行ツ)第七九号同六一年六月一〇日第三小法廷判決、民集四〇巻四号七九三頁)。
したがって、本件救済命令発令前に、控訴人と中村との労働契約が終了したことにより(更に中村が補助参加人の組合員資格を喪失したとしても)、本件救済命令の主文第二項についての被救済利益が消滅したということはできない。
なお、主文第二項のみでも救済の目的を達成することができると解されることは、原判決二三ページ一一行目(55頁1段13行目)「しかして、」から同二四ページ六行目(55頁1段30行目)説示のとおりであるから、これを引用する。
3 控訴人は、本件救済命令は、全体として一個の行政処分であるところ、中村の右退職により右命令は違法となるから、その全部が取り消されるべきであり、主文第一項のみを取り消して同第二項を維持することは許されないと主張する(原判決が本件救済命令の主文第一項を取り消したことは当裁判所に顕著である。)。
不当労働行為単位で行政処分としての救済命令の数が決せられるとの見解によれば、本件救済命令は本件行為以外の不動(ママ)労働行為を認定していないことから、一個の行政処分と解すべきことになる。しかし、一般に一個の行政処分であっても性質上可分であるならば、取消訴訟において、その一部のみを取り消すことが可能である。本件のように一つの不当労働行為に対して複数の救済方法を命じた救済命令についても、取消訴訟において、残部だけでは救済の目的が達せられなくなるような場合でなければ、一部の救済方法のみを取り消すことを当然許容されるものというべきである。そして、前記のとおり、本件においては、本件救済命令の主文第二項のみでも救済の目的を達成できるというべきであるから、主文第一項だけを取り消すことはできず、主文第一、二項の全部を取り消さなければならないとはいえない。これに反する控訴人の右主張は採用しない。
4 控訴人は、<1>中村が退職した以上、控訴人が本件行為と同種の行為を繰り返すことは不可能である、<2>控訴人は、本件救済命令発令時に本件病院に残存していた二名の補助参加人組合員を平成三年一二月三一日懲戒解雇したから、主文第二項の命ずる公示の内容を周知徹底させるべき相手方が存在しない、<3>補助参加人は労働組合としての実体を喪失して自然消滅している、以上の点から主文第二項の方法による救済を命ずる必要も実益もなかった旨主張する。
しかし、主文第二項のポスト・ノーティス命令は前記のとおり補助参加人の組合活動一般に対する既になされた侵害の回復をも目的とすること、中村が退職しても他の組合員に対する不当労働行為が反復される可能性はなくならないことからして、右<1>は採用できない。また、右<2>にいう二名の組合員に対する解雇は、控訴人の主張によると本件救済命令発令後に生じた事情であるから、救済命令発令時において判断すべき被救済利益の存否の問題とは無関係である。本件救済命令発令時において、補助参加人が自然消滅していたことを認めるべき証拠はないから、右<3>の点から被救済利益が存在しなかったということはできない(仮に、本件救済命令発令後に補助参加人が消滅したとすると、控訴人の本件訴えのうち右主文第二項の取消を求める部分は訴えの利益が消滅したものとしてこれを却下すべきことになるが、現在までに補助参加人組合が組合員全員の脱退、資格喪失等の理由により消滅したことを認めるべき証拠はない。)。
二 本件救済命令主文第二項の違法性
被救済利益を除く点についての当裁判所の認定、判断は、左記のほかは、原判決二四ページ九行目(55頁2段2行目)ないし同五三ページ末行(60頁4段12行目)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二六ページ二行目(55頁3段6行目)「、<証拠略>」、四行目(58頁2段6行目)「<証拠略>ないし」をいずれも削り、五行目「<証拠略>、」を「<証拠略>ないし」と、七行目「<証拠略>」を「<証拠略>」と、同行目「<証拠略>、」を「<証拠略>ないし」と、九行目「<証拠略>」を「<証拠略>」とそれぞれ改める。
2 同二八ページ九行目(55頁4段16行目)「離脱した」の後に「(ただし、うち看護婦一名は当夜の当直勤務に就いた形跡がある。)」を、同三〇ページ三行目(56頁1段18行目)「結局、」の後に「福本レイ子を除く」を、六行目(56頁1段25行目)末尾の後に「控訴人は、右職場離脱にいたく立腹し、欠員補充を遂げたこともあって、職場離脱した右従業員らは全員余剰人員になったものとみなした。」をそれぞれ加える。
3 同三一ページ八行目(56頁2段21行目)「上林に対し、」の後に「前記職場離脱に対する処置を」を加え、同三二ページ四行目(56頁3段8行目)「各紙」を「毎日新聞」と、九行目(56頁3段18行目)「その後」を「その間」とそれぞれ改める。
4 同三三ページ末行(56頁4段19行目)「原告に花束を贈った後、」を削り、同三四ページ二行目(56頁4段24行目)「香代子」の後に「(同組合員。以下同じ)」を加え、三行目(56頁4段26行目)「調理事務」を「栄養課(調理事務)」と改め、六行目(56頁4段31行目)「一〇名、」の後に「パート看護婦二名、」を加え、九行目(57頁1段6行目)「指すものと」を「指すほか他の部署の削減予定人員も各部署における補助参加人組合員の数に合わせたものと」と改め、三五ページ一行目(57頁1段13行目)「いずれも」の後に「補助参加人組合員で」を、二行目(57頁1段15行目)「杵島勝子を」の後に「同月九日付けで」をそれぞれ加える。
5 同三五ページ六行目(57頁1段22行目)「三名に」の後に「翌九日付けでの」を、七行目(57頁1段23行目)「<証拠略>」の後に「<証拠略>ないし」を、一二行目(57頁2段2行目)「地位保全」の後に「、賃金仮払」を、末行(57頁2段3行目)末尾の後に改行して「詳しい状況は定かでないが、控訴人は、非組合員に対しても一応希望退職を募った。そして、結局補助参加人の組合員の中から希望退職に応じた者はいなかったが、非組合員の中からは六名が控訴人を退職した(時期は不明)。」をそれぞれ加える。
6 同三七ページ五行目(57頁3段6行目)「駐車場」の後に「(病棟敷地との間には二車線の府道がある。)」を加え、六行目(57頁3段8行目)「数名」を「約十名」と改め、九行目(57頁3段12行目)末尾の後に「控訴人は、同月二日から四日にかけて、書面をもって補助参加人の組合員全員の自主退職を勧告した。」を加える。
7 同三九ページ七行目(57頁4段26行目)「<証拠略>」の後に「、<証拠略>」を加える。
8 同四〇ページ末行(58頁1段30行目)「その後も」から同四一ページ三行目(58頁2段6行目)末尾までを次のとおり改める。
「その後、補助参加人組合員の看護婦が点滴した患者に異常が発生したことが発端となって、組合員の看護婦は、平成元年七月二四日以降、点滴業務をしなくなった。これに対して、控訴人は、各看護婦及び補助参加人に対し、点滴業務の拒否を止めるよう記載した警告、命令書を発したが、補助参加人組合員の看護婦は、看護婦に点滴を命ずるのは医師法違反であるとして、右警告の撤回を求めた(なお、右看護婦のうち一名に対しては、控訴人が婦長を通じて点滴をしないよう命じている。)。
そのころ、控訴人と組合所属の看護婦との間では、他にも当直勤務を巡る紛争も生じていた(控訴人側は当直拒否といい、看護婦側は控訴人が当直勤務をさせないというようであるが、真偽は不明である。)。」
9 同四二ページ一〇行目(58頁3段13行目)末尾の後に改行して次を加える。「上林に対する解雇後、控訴人と補助参加人、その支援団体との対立はますます激化し、上林や支援団体関係者等が度々本件病院内で抗議行動等をしていたところ、平成二年三月一五日には、控訴人が、病院内に侵入した支援団体関係者が控訴人の妻に対して暴行し、傷害を負わせたとして警察に通報する事件が発生し、刑事事件として捜査を開始した警察は同年五月に前記のとおり支援団体関係者一名を逮捕した(この者は引き続き一旦勾留されが、準抗告により勾留は取り消された。)。また、補助参加人組合の看護婦は、右三月一五日から、処置業務をしなくなった(これについて、控訴人は処置業務を拒否したといい、看護婦側は控訴人が処置業務をさせないというようであるが、真偽は不明である。)。」
10 同四五ページ九行目(59頁1段23行目)「、「けがらわしい」」を削る。
11 同四六ページ一〇行目(59頁2段17行目)末尾の後に改行して「補助参加人は、同年一〇月二五日、被控訴人に対し、本件の救済命令の申立をした。」を加える。
12 同四七ページ四行目(59頁2段29行目)「中村に対し、」の後に「同月二五日以降、」を、六行目(59頁3段3行目)「介護」の後に「の応援」を、七行目「命じた。」の後に「なお、これと合わせて「従来のX線科の業務を必要とするときはその都度指導する。」と告げた。」を、八行目(59頁3段7行目)「業務命令」の後に「のうちX線科事務室の清掃等を命じた部分以外」をそれぞれ加える。
13 同四八ページ九行目(59頁4段1行目)「中村は、」の後に「同年九月一二日以降同月末までの間に三名位の外来患者のレントゲン撮影をしたが(撮影の間は右施錠が解かれた。)、」を加える。
14 同五〇ページ五行目(60頁1段16行目)「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。
15 同五二ページ一一行目(60頁3段13行目)ないし同五三ページ六行目(60頁3段29行目)を削る。
16 昭和六三年一二月の和解成立後、仮に、業務の取り上げであるとの看護婦らの言い分が事実と相違し看護婦らが本来なすべき業務拒否をしたものであり、かつ、これらが補助参加人の指令でなされた等補助参加人の行為と認められ、また、支援団体による病院施設内での抗議行動等が補助参加人の行為であると評価される部分もあるとするなら、補助参加人の組合活動にはこれらの点からも行き過ぎであったといわざるを得ない面がある。しかし、この点も含めて紛争の経緯を見てくると、控訴人の補助参加人又はその組合員に対する対応は補助参加人の所為に比して余りに苛烈であるとともに、前記のとおり、控訴人側が補助参加人の行き過ぎを誘発したと見るべき点も少なくないから、控訴人が、補助参加人及び中村を嫌悪して不利益取扱に及ぶことは、なお正当な組合活動に対する不当労働行為というを妨げない。
控訴人は、他に待機用に使用できる椅子は病院内の至る所にあったから、中村の待機用の椅子を撤去したことは同人に不利益をもたらさないとも主張するが、レントゲン室からいわば締め出された中村に対し、他に必要もないのに殊更待機用の椅子を取り上げることは、同人に対する嫌がらせであるとともに、他の従業員に対する見せしめとも見られるから、これが不利益取扱であることは明らかである。
中村にレントゲン技師としての業務をさせないことは不利益取扱に当たらないか、当たるとしても不公正な差別ではないとの控訴人の当審での主張は、前記認定、説示(原判決の引用部分を含む)に照らして採用できない。
三 結論
以上によれば、控訴人の本訴請求のうち、本件救済命令主文第二項の取消を求める部分は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 河田貢 裁判官 佐藤明)